
高千穂鉄道(TR)の被害1 「延岡~中流域」編
宮崎県延岡市にある延岡駅を始発駅とする高千穂鉄道(TR)。
JR時代から通勤通学や観光の足として長らく親しまれてきました。
山間部を走る鉄道なので、時折悪天候などの被害が有りましたが、2005年(平成17年)に上陸した台風14号にて壊滅的な被害を受け、ついに廃線に追い込まれてしまったのです。
ここでは、「延岡市付近から中流域」までの被災時の様子をご紹介します。
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完全に破壊された川水流駅付近の吊り橋。
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これは延岡市内から車で30分程の場所にある歩行者用の吊り橋です。
おそらく北方町・川水流駅の近くですね。
五ヶ瀬川が大きくカーブした見晴らしの良い場所に有り、川岸には公園も整備された絶好のロケーションだったのですが、台風14号の影響で川が増水し,完全に破壊されました。
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床板や手すりが完全に崩落し、骨組みが露出した姿は無残としか表現できません。
まるで爆撃を受けたかのように破壊されています。
自然の猛威が如何に恐ろしく、そして我々がいかに無緑かを思い知らされます。
吊り橋の手すりや道幅から、大体の大きさが分かると思います。
それを考慮すると、増水時は軽く5メーター以上は水かさが増えていたはずです。
普段の穏やかな様子しか知らない私には、これほどまで増水した事が未だに信じられません。
第一五ヶ瀬川橋梁の被害状況
こちらも先ほどの北方町・川水流駅付近の様子です。
この付近は五ヶ瀬川が急カーブしており、近くに車用及び高千穂鉄道用の橋梁が有ります。
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これは堤防の上を走っている道路を跨いでいる歩道橋です。
こちらも台風の増水で被害を受けました。
歩道は濁流によって完全にえぐられ、アスファルトの下の地面が露出しています。
歩道橋の中断辺りまで水没していた事が分かります。
この付近は水面から少なくとも5メートル、おそらく10メートル近く高い場所だと思うのですが、それでも水没した様ですね。
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この付近には高千穂鉄道の「第1五ヶ瀬が橋りょう」があったはずですが、何やら様子が変です。
更に近くまで行っていましょう。
近くまで来て,絶句。
なんと、橋桁が全て流されていました。
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あんなに水面から高い場所にあったはずなのに、消えて無くなっています。
簡単には流されないはずの,重くて強固な橋桁が、跡形もなく消え去っています。
空高くそびえ立った橋脚の上には橋桁の姿はなく、増水時に絡みついたと思われるゴミなどが付着していました。
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近くまで行ってみると、橋脚のいくつかは倒壊している事が判明しました。
しかも、崩れたと言うよりは、切れ目に沿ってポッキリと折れたといった感じです。
あまりにも綺麗な断面図ですが、色々疑問が浮かびます。
水圧で倒壊したはずなのに、なぜ真横に切断された様に途中から倒壊しているのでしょうか?
数百ミリも装甲厚がある戦車などを解体する時は、極端な水圧の水を当てて切断する、という様な話を聞いたことがあります。
この橋脚の断面図も、濁流というよりは人工的な力が作用したような印象を受けます。
水が引いた後に、倒壊の恐れがある橋脚を意図的に破壊したのかもしれませんが、倒壊したパーツが砂に埋もれかけているので、やはり濁流の力で倒壊したのでしょうか?
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川の向こう側にある橋脚の上には橋桁が残っていました。
増水時にはあの辺も水没したと思われますが、川岸から向こうは無事なようです。
そして川岸には崩落した橋桁の一部が散乱していました。
こちらは鉄製の橋桁で、ちょうど水面の上に位置して居ていたものですね。
これらの事を考えると、コンクリート製の橋桁は生き残り、鉄製の橋桁は流されてしまった様です。
材質の違いなのか、それが設置されていた場所に原因があるのかは不明です。
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橋脚や橋桁が倒壊したことにより、その上を走っていたレールも無残に流されていました。
よくみると、レール自体は分断されることもなく、また、付随していた枕木も多くが生き残っています。
橋桁が流され、濁流の水圧に去れされながらも耐え抜いたと言えるのでしょうか。
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橋桁の上から流されたレールは、水圧でグニャグニャになりながらも、川底を伝って向こう岸の橋桁まで繋がっていました。 何という強度なのでしょうか!





















